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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)9466号 判決

原告 株式会社武蔵野銀行

被告 峰岸正

主文

被告は原告に対し、(一)金百三十六万三千円およびこれに対する昭和二十八年十月九日から完済まで年六分の金員ならびに(二)金百七万二千七十七円およびこれに対する昭和二十八年十月二十九日から完済まで年六分の金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、全部被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において金六十万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、(一)金百三十六万三千円およびこれに対する昭和二十八年十月九日から完済まで金百円につき一日金四銭の金員ならびに(二)金百七万二千七十七円およびこれに対する昭和二十八年十月二十九日から完済まで前同率の金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、訴外光南羅紗店こと磯橋庄太郎は訴外株式会社ユニバーサルにあてて

(一)  金額百三十六万三千円、満期昭和二十八年十月八日、支払地および振出地ともに大阪市、支払場所株式会社大阪不動銀行谷町支店、振出日同年六月二十七日と定める約束手形一通(以下本件第一手形という。)

(二)  金額百七万二千七十七円、満期昭和二十八年十月二十八日、振出日同年同月五日、支払地、振出地および支払場所いずれも(一)と同一に定める約束手形一通(以下本件第二手形という。)を振り出した。

二、訴外株式会社ユニバーサルは、本件第一および第二手形を、いずれも支払拒絶証書作成義務免除の上原告に裏書し、原告は現にその所持人である。

三、原告は、本件第一手形を訴外株式会社大和銀行に取立委任のため裏書し、該手形を右銀行をして、本件第二手形を自らそれぞれ満期に手形交換所において呈示して支払を求めたところ、これを拒絶された。

四、訴外株式会社ユニバーサルは、これより先昭和二十七年五月十九日原告との間に、右訴外会社の振出、引受、裏書または保証にかゝる原告所持の手形につき引受または支払が拒絶された場合には、これにより右訴外会社が原告に負担する債務に金百円につき一日金四銭の利息をも附加してその支払をすべきことを約定し、かつ、右訴外会社の代表者たる被告は上記のごとき右訴外会社の原告に対する手形上の債務および右約定による利息債務につき連帯保証をすることを約定した。

五、よつて原告は、前述のとおり本件第一および第二手形の支払拒絶により訴外株式会社ユニバーサルがその裏書人として原告に償還すべき金百三十六万三千円(本件第一手形金)および金百七万二千七十七円(本件第二手形金)ならびに右各金員に対する満期の後(前者については昭和二十八年十月九日、後者については同年同月二十九日)から完済まで前記約定に基く金百円につき一日金四銭の利息について被告の保証債務の履行を請求するものである。と述べ、

被告の主張に対し、「被告が原被告間に締結された連帯保証契約の趣旨として述べるところは、すべて事実に反するものである。本件第一および第二手形が要件を欠缺するものとして無効であるとの主張もまた根拠のないものである」と答えた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、

一、原告主張事実は左記事実を除いて認める。本件第一および第二手形が満期に支払のため呈示されその支払が拒絶されたことは不知。訴外株式会社ユニバーサルおよび被告と原告との間に原告主張のような趣旨の約定が成立したことは否認する。

二、もつとも被告において原告主張の日時たる昭和二十七年五月十九日、訴外株式会社ユニバーサルの原告に対する手形上の債務(但し手形裏書人たることに基く償還債務を除く。)につき原告に連帯保証をした事実は存するが、その趣旨は、当時原告が既に取得していた手形に基く右訴外会社の原告に対する手形上の債務につき保証したに止まり、将来原告の取得する手形に基いて発生すべき右訴外会社の債務についてまで保証したものではない。ところが原告が本訴において主張する株式会社ユニバーサルの原告に対する手形償還債務は、右保証契約締結後原告の取得した手形に関するものであるから、被告はこれについて保証人としての責任を負担すべきいわれはない。

三、仮に被告の保証が将来原告の取得すべき手形に基く主債務にも及ぶ約旨のものであつたとしても、先にも言及するところがあつたとおり、被告が保証の責に任ずべき主債務は訴外株式会社ユニバーサルが手形の裏書人として原告に負担すべき償還債務を含まない定であつたところ、原告が本訴において被告に請求しているのは訴外株式会社ユニバーサルが手形裏書人として原告に履行すべき償還義務についての保証債務であるので、前示約旨に照して被告はその請求に応ずることはできない。

四、仮に以上の主張がすべて理由のないものとされるとしても、本件第一および第二手形は、いずれも支払地および振出地の表示として単に「大阪市」とのみ記載されていて、最小独立の行政区画が指定されておらず、従つて手形要件を完備せず無効であるから、本訴請求は不存在の主債務につき被告の保証債務の履行を求めるものとして失当である。

と述べた。〈立証省略〉

理由

一、訴外光南羅紗店こと磯橋庄五郎が訴外株式会社ユニバーサルにあてて本件第一および第二手形を振り出したこと、訴外株式会社ユニバーサルが右各手形を支払拒絶証書作成義務免除の上原告に裏書したこと、原告が本件第一手形を訴外株式会社大和銀行に取立委任のため裏書したことならびに原告が現に本件第一および第二手形の所持人であることは、当事者間に争いがない。(本件第一および第二手形の支払地および振出地が「大阪市」と記載されていることが手形要件の表示として不適法であるかについて論ずべきものであるが、この点は後に被告の主張について判断する際に譲る。)

二、原告が本件第一手形を取立委任の被裏書人たる訴外株式会社大和銀行をして、本件第二手形を自らそれぞれ満期に手形交換所に呈示して支払を求めたがこれを拒絶されたことは、成立に争いのない甲第二号証の一、二の各裏面の記載および貼附の附箋の記載により認めることができる。

三、原告は、昭和二十七年五月十九日原告と訴外株式会社ユニバーサルとの間において、右訴外会社の振出、引受、裏書または保証にかゝる原告所持の手形につき引受または支払の拒絶がなされた場合には、右訴外会社は原告に対して履行すべき債務の元本に金百円につき一日金四銭の利息をも附加して支払うことを特約した旨主張するが、原告がこの点の証拠に供する甲第一号証には右のごとき約定についての記載は全然存せず、また証人石田治夫の証言によつても未だ原告の右主張事実を肯認するに足るだけの心証を得るに至らず、他にこの点の証拠に供し得る資料を見出すことはできない。

四、さて成立に争いのない甲第一号証および証人石田治夫の証言によると、被告が昭和二十七年五月十九日原告に対し、訴外株式会社ユニバーサルの振出、引受、裏書または保証にかゝる原告所持の手形(原告が現に所持する手形であると将来取得すべき手形であるとを問わず)につき引受または支払の拒絶がなされたことに基く右訴外会社の原告に対する手形上の債務について連帯保証をしたことを認めることができる。(もつとも被告の保証すべき債務の範囲について叙上の認定の事実とは異る点(後に詳述する。)があるとはいえ、ともかく原被告間に訴外株式会社ユニバーサルの原告に対する手形上の債務を被告において連帯保証する契約が締結されたこと自体は、被告の認めるところである。)被告は、原告に対して被告が保証を約定した主たる債務は、訴外株式会社ユニバーサルの振出、引受または保証にかゝり、しかも当時原告の所持する手形につき引受または支払の拒絶がなされたことに基く右訴外会社の原告に対する手形上の債務に限られたものであつて、(イ)訴外会社の裏書にかゝる手形に基く償還債務および(ロ)契約後原告の取得すべき手形に基く右訴外会社の債務は被告の保証から除外された旨抗争する。しかしながら上記(イ)の債務を被告の保証の範囲外としたとの事実についてはこれを認めて前後認定を覆すに足りる何等の証拠も存せず、また同(ロ)の債務については被告の保証が及ばないものとしたとの事実についても被告本人尋問の結果以外にはこれを認め得る証拠はなく、しかも右本人尋問の結果は上掲証拠に照して措信するを得ないのである。

しからば被告は原告に対して訴外株式会社ユニバーサルの振出、引受、裏書または保証または保証にかゝる手形で原告の所持するものについて引受または支払の拒絶がなされたことに基き右訴外会社が原告に負担する手形上の一切の債務につき保証の責に任ずべきものであつて、原告の手形取得の時期如何は被告の原告に対する保証債務に何等の消長をももたらす趣旨ではなかつたものと解すべきである。されば被告は上述のとおり本件第一および第二手形の支払が拒絶されたことに基いて訴外株式会社ユニバーサルがその裏書人として原告に負担すべき償還債務について保証人としての義務を辞するに由ないものというべきである。

五、そこで最後に本件第一および第二手形の支払地および振出地が「大阪市」と定められていることが手形要件の表示として不適法であるかどうかについて考えるに、手形の支払地および振出地は最小独立の行政区画を記載すべきものであるところ、本件において問題とされている大阪市は正に最小独立の行政区画にあたるものである。もつとも大阪市には区が設けられていることは明らかなところであるが、この区は地方自治法第百五十五条第二項の規定および昭和二十二年政令第十七号により設けられたものであつて、地方自治法第百五十五号第三項の規定により特別市における行政区に関する規定がこれに準用されることになつているところ、かゝる区は特別市の行政区と同様に単に市長の権限に属する事務を分掌させるために設けられるもので、特別区すなわち東京都の区とは異りそれ自体独立の存在を有するものではないから、大阪市内の区は最小独立の行政区画とはいゝ難いのである。従つて本件第一および第二手形の支払地および振出地を「大阪市」と記載したことは手形要件の表示にいさゝかも欠けるところはないものというべきである。

六、さすれば被告は、訴外株式会社ユニバーサルが本件第一および第二手形の裏書人として原告に償還すべき債務すなわち本件第一手形金百三十六万三千円および本件第二手形金百七万二千七十七円ならびに右各金額に対する満期以後手形法に定める年六分の利息(本訴において原告は各満期の翌日すなわち前者について昭和二十八年十月九日、後者について同年同月二十九日以後の分について請求している。)につき右訴外会社の保証人として原告に対しその支払の責に任ずべきものというべく、原告の本訴請求は右支払を求める限度において正当として認容すべきものであるが、右利息に関して年六分を越えて金百円につき一日金四銭の支払を請求する部分は失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条および第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲)

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